雑談

2021年10月26日 (火)

【同時進行】エキスパート30枚目届いたが

2学期が始まって1ヶ月近くが経ってしまった。その間、毎度のことだが、放送大学とは全くのご無沙汰である。あ、そういえばエキスパート最後のはずだった「日本文化を伝える国際ボランティア・ガイド養成」の認証状が届いた。前にも書いたがあと2つ追加されてしまったので、とりあえずの完結は早くても今学期終了の来年2月で、そのとき私は80歳になっている。

歳をとると昔のことを思い出すと言われているが、私はむしろおそらく体験できないだろう近未来が気になる。子や孫の時代にはどうなっているのだろうか? 

今年のノーベル物理学賞は、素人にもわかりやすい分野で「CO₂による地球温暖化影響の予測」だった。地球温暖化に影響するガスと言えばCO₂のほかに、膨大な地球人口を支える畜産(牛など)が排出するメタンガスもあげられている。先日テレビのこれまたノーベル賞関連で、iPS細胞を使えば、牛肉の食べる部分だけを作ることも出来るという話がでて、なるほどそれなら広い牧場でまるまる1頭の牛をたくさん飼育しなくても、食用にヒレ肉だけを作ることが出来るのだと納得して、ちょっと恐ろしくなった。それほど先のことではなさそうだ。

テレビがはじめて我が家(実家)に来たのは1955年で私は中学生だった。洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、エアコン、車、電子レンジ、パソコン、レコーダー、洗浄便座、携帯電話と次々に世間並みに揃えていって、いまやすべてが生活必需品となっている。コンピュータのおかげで社会システムも格段に進歩した。次の50年にどのように社会が変わっていくのか、キーワードは多分AI、バイオ、通訳・翻訳だろうが、私にはもう残された年月がない。幸い現在特に健康上の不安はないので、日進月歩の時代について行けるようにしたい。

4年前の面接授業「ヴァイオリンを学ぼう」をきっかけに再開したバイオリンも、ずっと続けている。新しい楽譜をみて到底弾けそうにないと思う曲でも、1フレーズずつ練習を重ねると、なんとか曲らしくなってくる。他人に披露できるレベルではないが、この歳になってまだ日々の努力で上達の実感がもてる分野があるのがありがたい。放送大学の語学も昔はそうだったが、最近では覚えるより忘れることが多くて、モチベーションが低下しつつある。居座るtubaいつまで頑張れるかな?

 

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2021年5月29日 (土)

【同時進行】エキスパート30プラングランドスラムまであと一つ

前回ブログを書いてから3ヶ月以上経過した。その間にアクセスカウンターは3000あまり増えている。せっかく訪問して下さった方に空振りさせて、誠に申し訳ない気分である。何しろ年齢が年齢なうえに、コロナ蔓延地域に住んでいるので、余計なご心配までいただいたかもしれない。ちなみにコロナワクチンの方は、予約可能初日に、ネットで100軒以上の会場を当たり、漸くかなり遠方の医院に空席を見つけて、先日第1回目の接種を終えた。

先学期で大願成就するはずだったエキスパートグランドスラムが、1科目不覚をとったために持ち越しになってしまい、一気にブログ維持のモチベーションが低下してしまった。それでも2月に申請した「学校地域連携コーディネータ」と「データサイエンス」の2プランの認証状が昨日届き、残るは「日本文化を伝える国際ボランティア・ガイド養成」プラン一つになった。今学期こそ目標を達成できると思う。

今学期は、前回不合格だった「文学・芸術・武道にみる日本文化」19に加え、
 「英語で読む大統領演説」20
 「初歩のイタリア語」17
 「数学の歴史」19
 「演習 初歩からの数学」20(オンライン科目)
を登録した。前3科目の通信指導は提出したが、初級語学は基本事項の暗記が最重要課題なのに、テキスト参照可の自宅受験では、あまり意味がない気がするので、今学期は受験を見送る事にするかもしれない。来期こそ大学で受験したいものである。

 

 

 

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2019年5月 1日 (水)

令和元年

新天皇が即位され、令和元年が始まった。私が放送大学を第1期生として卒業したのが平成元年4月だから、まるまる平成の30年あまりは放送大学と共に生きてきた実感がある。当時は3学期制で、3学期の最終試験日が3/30だったから、卒業判定が4月にずれ込んで、卒業式は4/27に国立教育会館(虎ノ門ホール)で行われた。以前にも書いたが、皇太子になられたばかりの今上陛下がご列席、来賓に麻生太郎氏、谷垣禎一氏、N響の生演奏付きという超豪華な卒業式だった。昨年放送大学の某同窓会総会で池田副学長の「放送大学の過去・現在・未来」と題する講演があり、第1回卒業式の写真がアップされたが、なんと私が「自然の理解」専攻総代として、皇太子殿下と同じ壇上で、香月学長から学位記を受け取る場面だった。

新元号になったからといって、私の日常は変わりそうもない。今日から何かを始めるなら、それなりの動機づけも継続のモチベにもなる日なんだろうが、さて何を始めようか、夕方までに考えることにしよう。

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2019年3月 8日 (金)

大変! PCがジョージア語表示になっちゃって・・・

前回書いたとおり、来期の面接授業はジョージア(グルジア)語
を選んだ。文字が鬼門のようなので、早速児島康宏著「ニュー
エクスプレス グルジア語」を買って、予習を始めた。

私は新しい外国語は、まずPCで文字を打つ練習から始める。
昔は、Windowsの機能も限られていて、中国語も韓国語も
かなり高価なソフトを買って入力していた。韓国語は専用の
キーボードまで買った。最近はコントロールパネルの「地域と
言語」に、様々な言語と文字が標準で用意されていて、
クリック数回で、簡単に利用できる。勿論グルジア語も・・・

と、慣れた操作をロクに確認もせずにこなして、意気揚々と
再起動したら、大変なことになっていた。PCの表示言語を
日本語のままにしておくのを忘れて、PCの設定やエクス
プローラの表示がすべてわけのわからない文字のグル
ジア語表示になってしまっていた。

初期画面の日付、曜日などすべてがグルジア語、パス
ワードを入力してください、の表記がグルジア語とこの
へんまでは想像で何とかなる。デスクトップ画面の自分
で名前をつけたファイル類は日本語のままだが、ゴミ箱
は??? 電源offの選択肢「スリープ」「シャットダウン」
「再起動」なども全部、全く読めない文字になっている。

何とかコンパネを開き、手探りで復旧したが、読めない
PCがいかに不自由なモノか身にしみた。
確定申告を書いて、提出した後だったのが不幸中の幸い。
手慣れた操作のはずだったのに、思いがけない大失敗
だった。

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2018年7月30日 (月)

【同時進行】試験監督員、もうちょっと本気出してよ

昨日18年度1学期単位認定試験が始まった。当初の
目論見では全部で7科目。初日2科目のうち「英語で
読む科学」15は、面接授業で何とか勉強したのだが、
残り6科目の試験勉強開始は一昨日である。いつもより
さらにひどい怠けっぷりで、我ながらちょっとあきれる。

流石にどうにもならない気がして、とりあえず8/1の
2科目を放棄することにした。これで7/28夜勉強、
7/29「英語で読む科学」15と「大学マネジメント論」
14受験、7/30夜勉強、7/31「グローバル化と日本
のものづくり」15受験、8/1夜勉強、8/2「ケースで
学ぶ現代経営学」15受験、8/3夜勉強、8/4「技術
マネジメントの法システム」14受験と、いつもの1日
おき試験日程が確保できることになる。それにして
も仕事を持ちながら試験勉強をこなしている多くの
学生を心から尊敬する。

私は昔から試験勉強は一夜漬け主義である。
決してそれがベストと思っているわけではないが、
どうしてもそうなる。集中して記憶したものの賞味
期限が24時間ぐらいしかない。すぐ忘れるから
脳はいつもまっさらで、次の記憶を効率的に受け
付ける準備ができている。

試験場では、まずアップルウォッチを普通のものと
取り替える。アップルにはsuica機能がついていて、
電車は勿論、コンビニでも超便利である。時計を
左手にはめると、改札の読み取り機に触れる時
やや不自然な姿勢になって、おばあさんがやって
いると目立つらしく「それ何ですか?」と知らない
ヒトにその朝も尋ねられた自慢の品なのだが、
通信機能付き時計は不可なので、うっかりつけた
ままだと、最悪の場合不正行為と見なされかねない。

「英語で読む科学」15、持込許可は辞書のみ
なのに、最前列の高齢男性の机にずっと
印刷教材がおいてあるのが気になっていた。
試験がはじまり、その学生がテキストを開こうと
したとき、思い切って監督員に注意した。

その学生は決して不正をしようとしたわけではない。
単なる勘違いである。結局不正行為とは見なされず
安堵したのだが、最前列の学生がテキストを机上に
堂堂とおいているのに、正面の監督員も、学生証・
受験票の確認に来た監督員も気がつかないのは、
明らかに職務怠慢だと思う。

さて「英語で読む科学」15、開設以来6回分の
過去問がとってあるが、類似問題はあっても
同じ問題はなかった。 お主、なかなかやるな!
リスニングは大橋理枝准教授の発音なので、
聴き取り易くて助かる。

「大学マネジメント論」14 過去問と同傾向で、
全4問から1問選択の記述式だから、誰もが
それぞれヤマが当たったと感じるはずである。
記述式が得意な人にとっては取りやすい科目。

あ、ブログなんてやっている場合じゃない。
明日の準備をしなくちゃ!

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2017年10月21日 (土)

【同時進行】サンスクリット語(面)始まる

10/20からサンスクリット語(面)の授業が始まった。
平日に1コマずつ8週の授業で、会場は茗荷谷駅から徒歩
15分の他大学。しかも、あまり人生の役に立ちそうもない。

私には飛びつきたいほど魅力的な科目だが、一体他に
誰が受講するのだろう。もし1対1に近い状態で、しかも
全くついていけなかったらどうしようか、とおそるおそる
足を運んだら、びっくり仰天だった。

なんと定員30名満杯。一人の欠席者もない。スワヒリ語
やウイグル語、アラビア語の面接授業で見かけた面々
もお揃いで、放送大学にはこんなに語学マニアが
多かったか、と改めて感心する。しかも既にサンスク
リット語の知識がかなりありそうな方もいらっしゃる。

初回はインド・ヨーロッパ祖語がインド・アーリアへ
広がっていく歴史的過程の説明で、言語学的な
内容だったが、次回からいよいよ、あのわけの
わからないデーヴァナーガリー文字の学習に入る。

いまのところ全くちんぷんかんぷんの文字だが、
ロシア文字、ハングル、アラビア文字、ギリシア文字
簡体字などもなんとか2週間もあれば読めるように
なった。日本人なら誰でもひらがな、カタカナ、1000字
以上の漢字が読み書きできるのだから、まあ
大筋ぐらいは理解できるようになると期待したい。

会場の国際仏教学大学院大学は、入学定員4名
の5年一貫制博士課程のみの大学院大学で、
現学生数12名。徳川慶喜旧邸跡の校地9,107㎡に
6,241㎡のモダンな校舎が建っている。学生一人
あたりの校舎面積が520㎡というあり得ない環境。

全く余談だが慶喜の側室で、子ども6人を生んだ新村
信子は、広辞苑編纂者で文化勲章受章者の新村出
博士の義理の姉(側室に上がる為に新村家の養女に
なって家柄の体裁を整えた)だそうである。私は晩年
の新村出博士にお目にかかったことがあり、感覚的
には新村氏は現代人、徳川慶喜は全く歴史上の
人物で、このミスマッチには驚く。

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2017年2月19日 (日)

【雑談】tuba 居座り始めの理由

今日から後期高齢者である。もう後がないという語感がある。
もっとも最近は、75歳以降を高齢者と呼ぶという提案もある
ので、ほやほやの高齢者と思えばいいか。

32年前、放送大学の第一期生として入学した時でも、結構
自分では高齢だと思い、パソコン通信では若婆と名乗って
いたが、8年前にこのブログを始めたときtubaに昇格した。
今日からtubaあらため羅馬(ローバ)にしようかと考えたが
エキスパートグランドスラムの道半ばなので、当分このまま
で行く。前にも書いたが「羅馬は一日にしてならず」。

私の若い頃、女性は学校を卒業すると数年間働き、その後
寿退社するのがごく普通だった。私は大学卒後の数年を
修士課程で過ごしたので、一度も働かずに専業主婦に
なった。3食昼寝付き(但し3食は家族の分も作る)の気楽な
身分には違いないが、もし夫に何かあれば、これほど弱い
立場はない。そのときに備えて、常に自分に何ができるか
考えておく必要がある。

職歴0だから履歴書には学歴しか書くことがない。幸い
学歴はほどほどにあるが、これで通用するのは20代
までで、40代にもなれば相手にされないだろう。さて
その中では比較的学歴が有効なのは塾業界だ。
ちょうど放送大学が開学する。これだ!

とりあえず中学・高校生に英・数・国の指導ができる
程度を目指すことにし、同時に情報技術が急成長する
時期に合わせ、PC操作の会得に努めた。英・数は
多分大丈夫だが、理系の学歴がないので、まず
「自然の理解」専攻に入学した。理系の基礎が復習
できただけでなく、いろいろな外国語が学べたのは
望外の喜びだった。

放送大学は当時の6専攻全部を最短で卒業した。
並行して3人の子どもの中学・高校・大学受験にあわせ、
子どもが放棄したZ会の通信テストを代理受験しながら
勉強していたのだが(結構成績優秀)、国語(現代文)
だけはどうも教えるレベルに達しない。仕方なく現代文
は諦めて、慶応(通信)文学部で主に古文・漢文を学
んだ。その後、放送大学に情報コースができ、最新の
情報技術に触れることができて楽しかった。30年以上
ほぼ毎日PCに触れ、毎月PC雑誌を読み続けていた
おかげで、最短で卒業することができた。 

ただし塾講師は夜の仕事なので、舅・夫・子ども3人
の夕食を担当する主婦には難しい。結局幸か不幸か
塾講にはならずにすんだ。放送大学を夫の生命
保険代わりにしてちょっと申し訳ないが、いざという
ときに塾講になれるかもしれないという心理的余裕は
大きい。勿論付随して多少は身に付いた知識も
私には大切なものだった。

後期高齢者になった今、もう就職することもないが、
放送大学の方は年2回2週間ほど試験前に集中学習
するというペースが習慣になって、やめられないでいる。

「いつやるの?今でしょ!」の積極性があれば、人生
変わっていたかも。

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2015年7月28日 (火)

名誉学生特典【学費支援】終了だって

放送大学から分厚い書類一式と薄い封書が届いた。
分厚い方は、名誉学生用の2学期の科目登録用紙。
名誉学生の授業料が、全額免除から、(10単位以下
の登録なら)半額支援に変わって以来一度も使用
していない。一般の選科履修生用の登録書類一式は
既に来ているので、この書類群は全く無駄である。

もう1通の方はまさに晴天の霹靂(というほどでもないが)、
「・・・厳しい財政事情の下、特典の一つである学費の一部
支援をこれ以上、続けることが困難な状況になっております」
ということで、2015年度2学期で終了らしい。

名誉学生授業料等全額免除の通知が来たのが2010年4月
(2009年2学期に遡って適用)。登録10単位/学期以下なら
半額支援に変更になったのが2013年度以降。私はこの
7学期間に合計642,000円を免除された。結構な額になる。

仕方がない。合計すると大きな額だが、月に1万円程度
なら、年金生活者でも何とかなる。それより初めて大学を
卒業予定の若くて成績優秀な人に、100単位以降の授業料
を免除するとかの方が意義がある、と何度かこのブログでも
書いた。こっちの方はとうてい実現しそうになくて残念だ。

ちなみに残された名誉学生の特典は
1. 名誉学生証の発行
2. 面接授業の無料聴講
3. 学習センターの図書及び視聴覚教材の閲覧
4. 印刷教材の割引購入
5. セミナーハウスの利用
5. 学習センター及び本部主催事業への参加
6. 学習センター及び本部発行の機関誌の提供
とあまりメリットがないものばかり。え、もしかして
本部図書館は使えないの? 面接授業無料聴講
は利用してもいいかな。

これ以外に実は卒業式での表彰というのがある。
私は名誉学生制度創設以前のグランドスラム達成
だから、表彰はなかった。情報コースが新設されて
7回目卒業の時も、他に少なくともあと一人仲間が
いたが、特に表彰はなかった。

ただいま試験期間の真っ最中なのだが、今回は全く
勉強していなくて、数科目は受験放棄・延期せざるを
得ない。そういえば明日も1科目ある。今から
ちょっと頑張ってみるか。

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2015年4月18日 (土)

鈴木大地教授「健康長寿のためのスポートロジー」15

何気なくテレビをつけたら「健康長寿の・・・」15の第3課を
やっていた。担当は鈴木大地順天堂大学教授(医学博士)。

と言っても若い方はご存じないかもしれない。1988年ソウル
五輪100m背泳の金メダリストである。あれからもう26年も
経った。翌年あやかって鈴木大地と名付けられた赤ちゃんが、
大学を出てロッテに入団、昨年はパリーグベストナインに
選ばれている。そういえば鈴木宗男氏の「新党大地」も
なんとなくパクリ感が抜けない。

私が30年近く末席を汚している国際政治の毎月1回の
勉強会に、東京五輪決定直後に鈴木先生をお呼びして
お話しを伺ったことがある。プールさえなかった順天堂
大学進学の決め手は、先輩に水泳の専門家がいない
ここなら、選手生命が終わったあとの人生設計が
できると思ったとのことで、18歳でそこまで考えられる
思慮の深さに驚いたものだ。

「これからも後ろ向きに自分の人生を進んで行きたい」
という背泳選手ならではのジョークは笑えたが。

放送大学からの簡易・記録郵便の不在連絡票が
入っていた。他に心当たりがないので、エキスパート
15枚目「人にやさしいメディアのデザイン」と16枚目
「地域貢献リーダー人材育成」の認証状が届いたらしい。
エキスパートグランドスラムまであと11。少し先が見えて
来たような気がする。

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2015年3月22日 (日)

7回目の卒業式

昨日は放送大学7回目の卒業式だった。前世紀末に
6専攻卒業してグランドスラムを達成したあと、ずっと
選科履修生にしかなれなかったが、2年前に情報
コースが新設されて、放送大学入学以来ちょうど
30年で、グランドスラム+1を完走することになった。

以前からの知り合いで、今回同じく+1を獲得した男性は、
大学院も修了しておられて、放送大学8回目の卒業式
だそうだ。私より20歳年上の93歳。あやかりたいものである。

高齢女性は情報系は苦手だと勝手に思い込んでいる
人は結構多くて、私でも「え、情報ですか?」と珍しがられる。
とんでもない。私だって、生まれつきお婆さんだったわけ
ではない。35年ほど前にPCを始めた頃には、ピチピチ
ギャルとは言えないまでも、まだ30代で、それ以来旅先
でもない限り毎日PCと格闘した結果、やっと未熟ながらも
筋金入りのパソコン婆さんができあがったというわけである。

式後のパーティで、岡部学長とお話しする機会があった。
今、現役ビジネスマンが勉強したいと思っているのは
情報、英語、統計学、財務・会計だと思うので、是非
Political Economy of Japanのような科目を増やして、
英語だけで専門科目の単位を取得するようなコースを
新設して欲しい、とお願いしておいた。

学長のお話では、これまで団塊世代をターゲットに
してきたが、今後はもう少し若い世代に対象をシフト
していきたいとのことで、また新しいコースができて
もう一度卒業できる可能性があるような気がしてきた。
もっとも私は団塊世代よりさらに年長で、既に
ターゲットからは外れているのであるが。ちなみに
今回卒業の最高齢者は97歳だそうである。

30年前の入学当初から勉強したいと思っていた情報系
コースの卒業式を迎えることができて、嬉しい一日だった。

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